きまぐれつれづれKEIFUの徒然BLOG過去LOG1
            スタートに寄せて

        
        日常生活で出会った、面白かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、感動したこと、
        うれしかったこと、腹がたったこと・・・

        そんなとりとめのない1日、ひと時を歳時記にのせて、まさに気まぐれに、つれづれな
        るままに書き記したいと思います


お知らせ
2005年9月16日(金)
遠くまで行く秋風とすこし行く  矢島渚男
 が去って風が心地よい今日この頃ですが、いかがお過ごしですか って手紙の書き出しじゃないんだから・・・ 
 
 気がつけばトライアスロンエキデンまでもう1ヶ月もないのに調子はさっぱり上がってこない。そりゃあ現役時代(?)の3分の1以下の練習量では無理もない話である。で、朝のランニング、夜のスイミング、そして休日の自転車と、ちょこちょことこなしてはいる。この季節やはり気持ちのいいのは自転車。いつまでたっても登りの苦しさは解消しないが、そのぶん下りは気分爽快。風と一体になる感じ、まさに風になるという感覚はちょっと他では味わえない。もっとスピードの出る車やジェットコースター(怖くて乗れない)でさえも。近いのはスキーのダウンヒルかな。

 ちょっと遠出ができるというのも気分転換にイイ。句の秋風とすこし行くなんておしゃれな表現だなあ。そして出先のコンビニでおにぎりとかパンを買って食べる。これがなんとなく楽しいのである。今日も今日とてコンビニの駐車場でパンをかじっていると、同じようなカッコをしたニイチャンが自転車のかたわらで食事中である。ただ彼は地べたに直接へたりこんでいる。自分はといえばコンクリートの車止めに腰掛けている。こんなとこでマナーもなにもないが、地上からわずか20センチのことでジェネレーションの違いを感じたのはたぶん私だけでしょう。はたから見るといっしょデス
2005年9月2日(金)
大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子
 秋は台風のシーズンである。ちなみに「台風」は英語である。typhoonに漢字をあてたのであって大正時代あたりから使われ始め、それまでは野分といったらしい。どっちもなかなか雰囲気が出ていて、やはり漢字には表意文字のもつ面白さがある。なにせ象形文字からスタートして歴史があるもんね。

 さて幼少の頃は海岸から100メーター余りのところに住んでいて、台風とはなじみが深かったモンです。さいわい土地が高くて(地価ではないよ)浸水とかはほとんどなかったのですが台風が近づくと、どこの家も屋根瓦を補強したり窓に板を打ち付けたり、食料を準備したり停電に備えて大きなろうそくを調達したりと大人たちはたいへんでした。子供はというと雨戸を閉め切った暗い部屋の中でラジオ白黒テレビで台風情報を聴きながら、なにか非日常感の中、一種の興奮状態におちいったものでした。
 
 そして台風が過ぎ去るとスカッと秋の青空がひろがり、まことにサワヤカです。必ず近くの海岸に波を見に行きました。いろんなものが流れ着いています。中でも記憶に残っているのが大きな船でした。近所の悪ガキたちとつるんでもぐりこみ、秘密基地にするんだと大いに盛り上がりました。が、後できくとどうやらし尿を運んでいた船らしかったということで、とんだ基地もあったもんです。しかし数日後、波もおさまった海岸を歩いていると、なんと波打ち際に百円札が浮かんでいるではありませんか。やっぱりし尿運搬船だけに少しはウンがついたのでした。

 なんにしろ大きな被害のない台風一過はさわやかでいいのですが、ある友人の家は家族全員声が大きく、しゃべりまくるので台風一家と呼ばれています。こちらの方は害はありませんがやかましくて困ります。

2005年8月17日(水)
はたおりが翔てば追う目を捨て子猫 加藤楸邨
 はたおりとは「きりぎりす」のこと。そう、あの夏の昼草むらで盛んに鳴く虫。名の由来は鳴き声が機織りの音に似ているからとか。きくとなんだか暑苦しくなってきそうだけど季語としては秋ということです。こよみの上ではもう秋ですもんね。ちなみに漢字で書けば「螽?」とメッチャ難しい字。歳時記や漢和辞典をみていると字を書く仕事をしていながら読めない、書けない字の多さに情けなくなります。

 その螽?(あえて太字にしないツブれてしまうので)がとびたてば子猫が真剣な目で追う、その愛らしいすがたを詠んだ一句。強引ですがウチの猫ももう3歳。家の中では女王様のようにエラソーにしていますが、外にでるとすごくオトナシク素直なよいこになります。わりあい車も好きなようで普段めったにこない、ひざの上にきてくつろいだりしています。お盆に里帰りしたときも、まさに猫っかぶり、借りてきた猫状態で、あちらの人にもたいそう甘えてかわいがってもらっていました。顔の表情がまったくちがったのはびっくり。 
 
 さて、帰路、渋滞をくぐり我が家まで500メートル地点、毎回のことですが、やおら立ち上がり、ソワソワキョロキョロ落ち着きません。彼女は(猫デスよ)ずっと家の中で飼っているのでここいらの風景はよく知らないはずなのに不思議なことです。年に2〜3回目にする風景をおぼえているのなら、なかなかアタマがいい・・・なんて飼い猫自慢をするときりがないのでこのへんで。そして家に入るやいなや、いつものテーブルの下の玉座にはべり、大股開きで毛づくろいをしながらこちらを見る目は、すっかりいつもの不敵な表情にもどっていました。

   
2005年8月8日(月)
かるくのどうるおすビール欲しきとき 稲畑汀子
 しばらくビールは飲んでいない。家では。発泡酒ですらない。もっぱらその他の雑種を愛飲?している。なにせこっちは経済的であるゆえ家人もご愛顧して買ってくる。で、缶コーヒーやソフトドリンクより安と思うと、必然的に飲む量が増えてしまい、かるくのどうるわす水がわりになってしまった。結果、質より量で、支出はむしろふえているんじゃないの、これ経済の法則で、結局酒造メーカーの策略にまんまと乗せられているのじゃないか。くやしい。こうなりゃもう1本飲んでやる・・・。
 
 ただ発見もあった。いくら飲んでもたいして酔わないのである。おなじ度数のはずなのに・・・  安い○○は、酔いも○○と感じるのは私だけでしょうか

22005年7月28日(木)
炎帝の怒りに我の髪乱れ 上野 泰

 3年ほど前まではトライアスロンというスポーツをを熱心にやっており、夏が主シーズンだったもので「これくらいの暑さがナンダ」なんて、ほとんどヤケクソで炎天下に飛び出していって、人から称賛?とカワリモノを見る目でみられたものでした。それはそれで、なかなかサワヤカなモンだったのですが、ここ最近、夏はバテバテですっかりフツーのオジサンになってしまいました。

 先日、昔の仲間から10月にトライアスロン駅伝があってメンバーにはいってるよ、との事。少し考えましたが、これもなにかのキッカケと出場を快諾?しました。で、休日に久しぶりに自転車をとりだして、おとろえた筋肉を叱咤しながら少し走り、コンビニで食料補給。ハデなウエアにグラサン、メット、ヒゲ面、毛ずね丸出しのレーサーパンツとシューズ。レジのオネーサンが少し引き気味でありました。フツーのオジサンならず、ここしばらくは、「アブないオヤジ」という視線に耐えなければなりません。

 表題の句の「炎帝」とは夏の季語で夏をつかさどる神たる太陽のこと。なんとカッコよく、感じが出ているカンジ(漢字)じゃないですか。夏の暑いのも神のなせるわざ、そう思ったら、もう無駄な抵抗はせずに、身をゆだねて大汗をかくのも消夏法かもね。